東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)295号 判決 1991年5月28日
東京都千代田区神田駿河台四丁目六番地
原告
株式会社日立製作所
右代表者代表取締役
三田勝茂
東京都千代田区大手町二丁目六番二号
原告
バブコツク日立株式会社
右代表者代表取締役
横田一郎
原告両名訴訟代理人弁理士
本多小平
同
谷浩太郎
同
小川勝男
同
高田幸彦
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官 植松敏
右指定代理人
治田義孝
同
松木禎夫
同
宮崎勝義
主文
特許庁が昭和五七年審判第一三五二七号事件について昭和六一年一〇月一六日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告ら
主文同旨の判決。
二 被告
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。
第二 請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
出願人 原告ら
出願日 昭和五〇年九月二九日(昭和五〇年特許願第一一六四七四号)
発明の名称「排熱回収ボイラ装置」
拒絶査定 昭和五七年四月三〇日
審判請求 昭和五七年七月七日(昭和五七年審判第一三五二七号事件)
出願公告 昭和六〇年三月八日(昭和六〇年特許出願公告第九二〇一号)
審判請求不成立審決 昭和六一年一〇月一六日
二 本願発明の要旨
ガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを唯一の熱源として導き、該燃焼排ガスによつて給水を予熱する節炭器と、予熱された給水を蒸発させる蒸発器と、蒸発した蒸気を更に加熱して蒸気原動機の駆動蒸気を発生する過熱器とを、前記燃焼排ガスの下流側より上流側に向つて順次設置した排熱回収ボイラ装置において、前記節炭器と蒸発器の間の領域に燃焼排ガス中の窒素酸化物を接触還元分解により除去する触媒層を有する反応器を設置し、前記反応器の上流側に還元剤注入ノズルを設置したことを特徴とする排熱回収ボイラ装置(別紙図面参照)。
三 審決の理由の要点
1 本願発明の要旨は前項記載のとおりである。
2 これに対して、本願出願前頒布された刊行物であるOptimization of the Gas Turbine Exhaust Heat Recovery System」(一九七一年三月二八日~四月一日に米国テキサス州ヒユーストンでの「the Gas Turbine Conference & Prodacts Show」で発表された論文の複写物。)(以下、「引用例1」という。)一六頁には、「ガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを唯一の熱源として導き、該燃焼排ガスによつて給水を予熱する節炭器と、予熱された給水を蒸発させる蒸発器と、蒸発した蒸気を更に加熱して蒸気原動機の駆動蒸気を発生する過熱器とを、前記燃焼排ガスの下流側より上流側に向つて順次設置した排熱回収ボイラ装置であつて、燃焼排ガスの過熱器入口温度は九四〇F(五〇四℃)、過熱器出口温度(蒸発器入口温度)は八六〇°F(四六〇℃)、蒸発器出口温度(節炭器入口温度)は五二二°F(二七二℃)、節炭器出口温度三八六°F(一九七℃)であるものが、本願出願前頒布された刊行物である「公害防止設備工程図集(装置編)」(株式会社化学工業社昭和四八年一二月二五日発行)(以下、「引用例2」という。)四七六頁には、ボイラ、加熱炉など、種々の有害ガスやO2を含む燃焼排ガスの排煙脱硝装置であつて、窒素酸化物を還元剤としてNH3を使用し、触媒としてはD型のものを使用する接触還元では、反応温度が二五〇ないし三五〇℃であること、がそれぞれ記載されている。
3 本願発明と引用例2に記載された事項とを対比すると、両者は、ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものであるという点で、基本的な技術思想を一にするが、細部においては次の三点において相違が認められる。
(一) 前者は、ガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを唯一の熱源として導き、該燃焼排ガスによつて給水を予熱する節炭器と、予熱された給水を蒸発させる蒸発器と、蒸発した蒸気を更に加熱して蒸気原動機の駆動蒸気を発生する過熱器とを、前記燃焼排ガスの下流側より上流側に向つて順次設置した排熱回収ボイラ装置であるのに対し、後者は、ボイラの形式は特定されていない点(相違点一)
(二) 前者は、反応器の上流側に還元剤注入ノズルを設置しているのに対し、後者は、それについては不明な点(相違点二)
(三) 前者は、反応器の設置位置を、排熱回収ボイラ装置の節炭器と蒸発器の間に特定しているのに対し、後者では設置位置が特定されていない点(相違点三)
4 次にこれらの相違点一ないし三について検討する。
(一) 相違点一について
引用例一には、ガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを唯一の熱源として導き、該燃焼排ガスによつて給水を予熱する筋炭器と、予熱された給水を蒸発させる蒸発器と、蒸発した蒸気を更に加熱して蒸気原動機の駆動蒸気を発生する過熱器とを、前記燃焼排ガスの下流側より上流側に向つて順次設置した排熱回収ボイラ装置が記載されているから、この相違点一は、本願発明がボイラとして、刊行物記載の型式のボイラを使用したことによるものであつて、当業者が適宜なし得た範囲のことである。
(二) 相違点二について
本願発明では、反応器の上流側に還元剤注入ノズルを設置しているが、接触選元型式の排ガスの脱硝においては、このような構成が必然とされることが周知であるから、(例えば、特開昭五〇-六四一六一号公報二頁、三菱重工技報一九七五年Vol. No.3九九頁第3図、特開昭五〇-六七七二号公報第1図、特開昭四九-一一五〇七三号公報六頁参照)、このような構成を格別なものとすることはできない。
(三) 相違点三について
本願発明では、接触還元型の反応器を排熱回収ボイラ装置に使用するにあたつて、反応器の設置位置を節炭器と蒸発器の間の領域に特定しており、その理由として、実施例では特定の温度分布の排熱回収ボイラ装置と、特定温度範囲で脱硝効率の高い脱硝装置とを使用し、かつこの排熱回収ボイラ装置を使用するガスタービン装置は負荷変動の多いものである場合に基づいた実施例によつてその設置位置の好適性を導き出しているが、本願発明がそのような特定の数値、条件等のもとでの実施例のみに限定されるものでないことはその特許請求の範囲によつても明らかである。そして、引用例1に記載の排熱回収ボイラ装置は典型的とみられる一つの温度分布を有するものであり、また引用例2に記載の接触還元型式の排煙脱硝装置は触媒による反応温度が二五〇ないし三五〇℃のものとされており、相違点一での検討で示したように、引用例2に記載されたボイラの使用は、当業者が適宜なし得たことと認められるものである。そうしてみると、触媒による反応温度が特定された引用例2に記載のボイラに引用例1に記載の一つの温度分布をもつボイラの使用にあたつては、反応の効率、触媒の痛み等の通常の技術的事項を考慮して、反応器の設置位置として節炭器と蒸発器の間が、当業者に容易に導き出し得たものと認められ、結局この相違点三も当業者が容易になし得たことの範囲内のものである。
5 全体としてみても、本願発明は、引用例1及び2並びに周知事項において当業者が期待する効果の総和を格別越えるものとも認められない。
6 したがつて、本願発明は、引用例1及び2並びに周知事項に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の理由の要点1、2は認める。同3の一致点の認定は、触媒による接触還元により除去する窒素酸化物がボイラの排ガス中のものであるという点は争い、その余は認める。同3の相違点一については、後者はボイラの型式は特定されていないとの点は争い、その余は認める。同相違点二は認める。同相違点三については、後者では設置位置が特定されていないとの点は争い、その余は認める。同4の(一)は、引用例1の記載内容は認め、その余は争う。同4の(二)は認める。同4の(三)は、本願発明では反応器の設置位置を節炭器と蒸発器の間の領域に特定していること、実施例では特定の温度分布の排熱回収ボイラ装置と、特定温度範囲で脱硝効率の高い脱硝装置とを使用し、かつこの排熱回収ボイラ装置を使用するガスタービン装置は負荷変動の多いものである場合に基づいた実施例によつてその設置位置の好適性を導き出しているが、本願発明がそのような特定の数値、条件等のもとでの実施例のみに限定されるものでないことはその待許請求の範囲によつても明らかであること、及び、引用例1に記載の排熱回収ボイラ装置は典型的とみられる一つの温度分布を有するものであり、また引用例2に記載の接触還元型式の排煙脱硝装置は触媒による反応温度が二五〇ないし三五〇℃のものとされている点は認め、その余は争う。同5、6は争う。
審決は、本願発明と引用例2の記載事項との一致点、相違点一及び三の認定を誤り、その結果、排熱回収ボイラへの反応器内蔵という本願発明の特徴点の想到困難性を看過し、且つ、排熱回収ボイラの負荷変化運転に何らの考慮も払わずに、反応器の設置位置を排熱回収ボイラの蒸発器と節炭器の間の領域に選定したという本願発明の構成上の特徴点が引用例1及び2から容易に導き得たとする誤つた判断をなし、更に、両引用例及び周知事項から予測し得ない右構成上の特徴点に基づく本願発明の顕著な効果を看過した結果、本願発明を特許法二九条二項の規定により特許を受けられないものとした誤つた結論を導いた違法があるから、取り消されるべきである。
1 一致点の認定の誤り
引用例2記載の装置は、ボイラ内で発生し且つボイラから排出された燃焼排ガス中の窒素酸化物をボイラの外部下流にて反応器で除去するから、その技術思想を「ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものである」ということは可能である。しかし、本願発明においては、ガスタービン装置内で発生し且つそこから排出された燃焼排ガスが排熱回収ボイラを流通するのであつて、通常これを排熱回収ボイラの排ガスとはいわず、また、仮に該ガスが右流通後排熱回収ボイラから排出されるという意味でこれを排熱回収ボイラの排ガスと表現したとしても、本願発明における反応器による窒素酸化物の除去は、排熱回収ボイラから排出されたガスに対して行うのではなく、排熱回収ボイラ内の流過途中のガスに対して行うのであるから、排熱回収ボイラの排ガス中の窒素酸化物の除去とはいえず、その技術思想を「ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものである」ということはできない。
引用例2の記載から把握される技術思想は、燃焼排ガス発生源としてのボイラから排出された燃焼排ガス中の窒素酸化物を該ボイラの外部下流域にて反応器により除去するという思想であるから、これと対比されるべき本願発明の技術思想は、燃焼排ガス発生源としてのガスタービン装置から排出された燃焼排ガス中の窒素酸化物を該ガスタービン装置の外部下流域にて反応器により除去するという思想であるというべきであり、したがつて、両者の一致する技術思想は、燃焼排ガス発生源から排出された燃焼排ガス中の窒素酸化物を該発生源の外部下流域にて反応器により除去するという技術思想であるというべきである。
また、本願発明は、ガスタービン外部下流域のうちで特に排熱回収ボイラ内の特定の場所が反応器の最適設置場所であることを見出した点に発明の本質があり、本願発明における排熱回収ボイラと燃焼排ガス発生源自体である引用例2記載のボイラとを直ちに対応させた審決の認定は、審決の結論に影響を及ぼす重大な誤りである。
2 相違点一の認定の誤り及び同相違点に対する判断の誤り
(一) 相違点一の認定の誤り
引用例2の四七六頁には、「本装置は次のものに適用される。1)ボイラ、加熱炉など、種々の有害ガスやO2を含む燃焼排ガス。」との記載があり、この記載によれば、当該ボイラ自体が有害ガスを含んだ燃焼排ガスの発生源であると解される。
更に、引用例2の四七六頁に続く四七七頁(甲第五号証の三)においても、ボイラまたは加熱炉以外には燃焼排ガスの発生源とみられるものが示されていないことからみて、引用例2に記載の当該ボイラは、それ自体の内部で燃焼が行われる型式のボイラであつて、それ自体が窒素酸化物を含んだ燃焼排ガスの発生源であると認められるものであり、審決が型式不特定と認定したことは誤りである。
(二) 相違点一に対する判断の誤り
本願発明は、ガスタービン装置とその燃焼排ガスを唯一の熱源とする排熱回収ボイラとからなるコンバインドサイクルプラントにおいて反応器を用いて排ガスの脱硝を行うに当たり、ガスタービン装置の広い負荷運転範囲において、いかにすれば高い脱硝性能を維持し得るか、更には反応器触媒の長寿命化を達成し得るか、また、いかにすれば排熱回収ボイラの本来の機能(応答性のよい蒸気発生)を損なわないようにし得るかという課題を解決したものであり、その手段として、反応器を排熱回収ボイラに内蔵させ、その内蔵場所として蒸発器と節炭器との間の領域を選定したことを構成上の特徴とするものである。
本件出願当時、一般ボイラの燃焼排ガス中の窒素酸化物を反応器で除去することは既に知られていたが、ガスタービン装置と排熱回收ボイラとを含むコンバインドサイクルプラントは計画の緒についたばかりの段階であり、窒素酸化物については除去策よりその発生自体の抑制策が採られていて、コンバインドサイクルプラントに触媒使用の反応器を組み合わせて窒素酸化物の脱硝をすることは、これを示す文献もなく、当業者間でも公知ではなかつた。したがつて、本件出願当時の技術水準においては、排熱回収ボイラに反応器を内藏させることは勿論のこと、コンバインドサイクルプラントに触媒使用の反応器を組み合わせるということさえ公知ではなかつたのである。
審決は、相違点一に対する判断において、引用例2記載のボイラとして排熱回収ボイラ(引用例1記載のボィラ)を使用することは当業者の適宜なし得た範囲のことである旨を述べているが、引用例2記載のボイラはそれ自体の内部で燃焼を行うボイラなのであるから、かかるボイラとして、それ自体の内部で燃焼を行わないボイラである引用例1記載の排熱回収ボイラを使用するということ自体不合理である。
また、引用例1は排ガス脱硝については全く記載のない排熱回收ボイラ自体に関する文献であり、他方、引用例2は排熱回収ボイラについて全く言及していない脱硝装置に関する文献である。このように、記載上排熱回收ボイラという共通項のない二文献を対比してみても、コンバインドサイクルプラントにおいて反応器で排ガス脱硝をすることすら公知でなかつた本件出願当時の技術水準の下では、引用例2記載の反応器を付設するボイラとして同引用例に記載のボイラに代えて引用例1記載の排熱回収ボイラに置き換えることは、当業者にとつて適宜なし得たこととはいい難い。仮に右の置き換えをしても、引用例2においては、ボイラの外部下流に反応器を設置するのであるから、そのボイラと置き換えられた排熱回収ボイラの外部下流に反応器を設置することが導き出せるに過ぎないのであつて、反応器を排熱回収ボイラに内藏することは全く示唆されない。
審決の相違点一に対する判断は、前記一致点の認定と合わせみると、排熱回收ボイラと引用例2に記載のボイラとを窒素酸化物を含むガスを排出するという意味で排ガス脱硝上同等視しているものと解される。しかしながら、引用例2記載のボイラはそれ自体が窒素酸化物を含有した燃焼排ガス発生源であるのに対し、本願発明においては、発生源はガスタービン装置であり、排熱回収ボイラは発生源ではなく、発生源の外部下流にあつて発生源からの燃焼排ガスの流路の一部を成すものであるという点で、両者のボイラは本質的に相違するものであり、審決の相違点一に対する判断には、結論に影響を及ぼすべき重大な誤りがある。
3 相違点三の認定の誤り及び同相違点に対する判断の誤り
(一) 相違点三の認定の誤り
引用例2の四七六頁の「本装置は次のものに適用される。1)ボイラ、加熱炉など、種々の有害ガスやO2を含む燃焼排ガス。」との記載からみて、引用例2に記載の脱硝装置はボイラ等の燃焼排ガスに適用されるものであり、排ガスとは排出されたガスと解するのが通例であるから、引用例2記載の脱硝装置(反応器)の設置位置はボイラ等の外部下流と解すべきである。
そのうえ、引用例2記載の脱硝装置は、引用例2の前後の記載(甲第四号証の二及び同第五号証の三)からみて、排煙脱硝装置なる標題の下に一括掲載されたAないしD型の触媒を使用した}連の排煙脱硝装置の一つであると解すべきところ、これら排煙脱硝装置では反応器をボイラ外部の下流領域に設置することが図示されているから、引用例2記載の脱硝装置はボイラ外部下流に設置されるものであると解される。
したがつて、審決が、引用例2記載の反応器の設置場所が特定されていないと認定したことは誤りであるといわなければならない。
(二) 相違点三に対する判断の誤り
次の各点を総合考慮するならば、脱硝用触媒反応器をコンバインドサイクルプラントに適用するに当たつては、引用例2記載のD型触蝶を用いた反応器は、排熱回收ボイラの過熱器のガス上流側に存在する大きいスペースに設置することが最も自然に導き出されるものであり、本願発明のごとく、コンパクトな排熱回収ボイラの蒸発器と節炭器の間を殊更に引き離してそこに該ボイラ自体より大きい反応器を設置することは、極めて不自然且つ容易ではない発想というべきである。
(1) ガスタービン及び該ガスタービンの排ガスを唯一の熱源とする排熱回収ボイラより構成されるコンバインドサイクルプラントにおいては、窒素酸化物は排熱回取ボイラ内で発生するのではなくて、それよりも上流側のガスタービン排ガス中にすでに含まれているものであるから、反応器の設置場所を排熱回収ボイラよりも上流側の排ガス流路に選定することも可能である。
(2) 排熱回収ボイラは、単位燃料量当たりの窒素酸化物濃度の排ガス量が一般ボイラに比べて同等またはそれ以上にもなるため、これを反応器で脱硝処理しようとすると、同程度の出力の一般ボイラの反応器の容積に比べて約三倍またはそれ以上の容積の反応器が必要であり、一般ボイラに比べて反応器のボイラに対する相対的容積率が遥かに大きくなり、ボイラの大きさよりも反応器の大きさの方が大きくなる。
(3) 排熱回収ボイラは、過熱器、蒸発器及び節炭器の三つの構成要素が互いに近接配置されたコンパクトなユニツトを構成されているものである。
(4) これに対し、一般に排熱回収ボイラの過熱器の上流側にはガスタービンからの排ガスを導くダストの占める大きいスペースが元々存在している。
(5) 脱硝用触媒として、過熱器の上流側の排ガス温度として引用例1に記載された温度に適合した反応温度を持つB型触媒が、引用例2に記載されている。
本願の特許請求の範囲には負荷変化運転についての記載はないが、ガスタービン排ガスを熱源とする排熱回収ボイラは、本願出願当時に限らず現在でも、負荷変化運転をするのが通例であること、本願明細書には、発明の背景、発明の目的、発明の概要、発明の実施例及び発明の効果のいずれの欄にも一貫して排熱回収ボイラの負荷変化運転を前提にした説明がなされていること、むしろ排熱回収ボイラの一定負荷運転を前提にした説明は本願明細書中には全くなされていないこと、及び、特許請求の範囲に記載した構成によつて現に負荷変化運転が可能であること等を総合してみれば、本願発明の排熱回収ボイラが負荷変化運転を前提にしていることは疑う余地がない。
しかるに、排熱回収ボイラの蒸発器と節炭器との間の領域に反応器を設置した本願発明の構成上の特微について、審決が相違点三に対する判断として示した根拠は、引用例1における節炭器と蒸発器の間の温度二七二℃と引用例2におけるD型触媒の反応温度範囲二五〇ないし三五〇℃が対応していることにあると解さざるを得ないところ、引用例1記載の排熱回収ボイラ各部の排ガス温度は、単にある特定の負荷のときの排ガス温度に過ぎず、負荷が変化した時の各部の排ガス温度については引用例1には全く記載がない。したがつて、右審決の判断は、単にある特定の負荷のときの排ガス温度のみに基づいてなされたものである。なお、審決の「反応の効率、触媒の傷み等の通常の技術的事項を考慮して」という説示は、その具体的内容が明らかでなく、反応の効率、触媒の傷みに関して審決がどのように考慮したのか、また、それ以外にどのような事項を考慮したのか全く不明であり、右説示をもつて審決の判断が負荷変化運転をも考慮した上でなされたものであると認めることはできない。
なお、被告は、温度調査は実際の運転状況に基づいた種々の負荷状態で行われるべきであることは当然であり、反応器の最良の設置箇所は設置可能な場所の温度を予定される夫々の負荷状態において調査することによつて容易に見出すことができる旨主張する。しかしながら、審決は、負荷変化運転の場合を除外し、引用例1記載の一定負荷運転の場合の温度分布に基づき反応器の設置箇所が容易に導き出し得ると判断したことは明らかであり、被告の右主張は、審決と実質的に異なる主張であるから許されない。
以上のとおり、審決は、負荷変化に関して考慮せず、一定負荷のときの引用例1記載の各部温度の中に引用例2記載の反応温度と対応する部分があることをもつて反応器の設置位置が容易に導き出せるとの誤つた判断をなしたものである。
4 顕著な作用効果の看過
本願発明は、次の効果を奏する。
(イ) 排熱回収ボイラの節炭器と蒸発器の間の領域は、本願公報(甲第二号証)第7図(別紙図面第7図)のように、負荷変化に対して排ガス温度変化幅が狭いという従来公知でない特性があり、本願発明は、これに基づき、右領域に反応器を設置したことによつて、負荷変化に対して排ガス温度幅を狭いものとすることができ、この変化幅内で高脱硝率を持つ触媒を選定することにより全負荷帯で高い脱硝効率が得られる。排熱回収ボイラの排ガス流速が部分負荷においてあまり低下しないために、部分負荷において脱硝効率を高く保つ必要があるという問題も、反応器を右領域に設置することによつて解決できる。
(ロ) 右領域は、温度変化幅が比較的狭いと同時に、硫安の析出を来たすほどの低温でもないので、触媒の長寿命化が期待できる。
(ハ) 右領域は、本願公報(甲第二号証)第8図(別紙図面第8図)のように、他の領域に比較して排ガス流に直角な方向の排ガス温度分布がより均一であるという特性があることに基づき、右領域に反応器を設置したことにより反応器内各部の脱硝性能のばらつきを最も小さくし得る。また、右特性により、反応器の一部分が他部分よりも早く劣化するといつた事態が防止できるので、反応器全体として寿命が長くなる。
(ニ) プラントを毎日起動運転停止する場合、翌日再起動時にガスタービンからの排ガスが蒸発器を通過する際、該蒸発器の保有熱により排ガスが加温されるので、そのすぐ下流に設置された反応器の触媒温度が早く活性領域に入ることが期待できる。
(ホ) 反応器の設置場所を右領域に選定したことにより、反応器を排熱回収ボイラに内蔵したにも拘らず起動時や負荷変化時における蒸発器での蒸気発生の立上りが良好であり、排熱回収ボイラとしての本来の機能である蒸気発生機能を反応器が阻害しない。
本願発明のこれらの効果は、排熱回収ボイラに特有な負荷変化の多い運転態様と密接な関連性をもつて、反応器を蒸発器と節炭器の間に設置する構成を採ることにより奏せられるところの本願発明の顕著で優れた作用効果である。このような作用効果は、負荷変化に伴う排熱回収ボイラ入口ガス温度の大きい変化にも拘らずその蒸発器と節炭器の間の領域で温度変化が小さいという特性、及び、該領域では排ガス流の横断面方向の温度のばらつきが小さいという特性が公知でなかつた本願出願当時の技術レベル下では、単に特定負荷の時の排熱回収ボイラの温度分布を示すに過ぎない引用例1及び単にある温度範囲を反応温度とする触媒脱硝反応器を示すに過ぎない引用例2からは、当業者といえども到底予測し得ないものである。
第三 請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認め、同四は争う。
二1 一致点について
引用例2記載の装置及び本願発明は、いずれもボイラに関するものであつて、これらのボイラから最終的に排出されるガス中には本来ならば窒素酸化物が含まれているものであるが、そのような窒素酸化物を触媒による接触還元という手段によつて除去しようとするものであり、この点において、両者はいずれも「ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものである」ということで一致するものである。
2 相違点一について
触媒反応器を用いて排熱回収ボイラの排ガスを脱硝する発想は、触媒反応器を用いて排ガスを脱硝することが一般ボイラにおいては周知であつたこと、排熱回収ボイラにおいて、ガスタービン燃焼器内に水或いは水蒸気を注入することによつて窒素酸化物を下げる従来法ではコンバインドサイクルの熱効率との関係で窒素酸化物の規制値達成が困難となつていたこと(甲第二号証三欄三ないし八行)、他に有効な脱硝法がなかったこと等を考慮すると、当業者において予測困難性がなかつたとするのが相当である。
3 相違点三について
(一) 排煙脱硝装置をボイラに内蔵することは本願出願前の当該技術分野における技術水準であり、また、排熱回収ボイラはボイラを蒸気発生方法によつて分類する際の一型式として周知のボイラであることからすれば、当業者は引用例2記載の事項から排熱回収ボイラに排煙脱硝装置を内蔵することは普通に想到し得たものである。
また、排熱回収ボイラ装置において反応器を用いて脱硝を行おうとする場合、使用触媒及び使用還元剤によつてそれぞれ反応温度が決まつていることから、燃焼排ガス流路中における反応器の設置箇所は反応温度を考慮して決めなければならないことは当然であり、その基本的構成は使用する触媒に応じた反応器の燃焼排ガス流路中における設置箇所であることは必然的である。そして、蒸発器及び節炭器はボイラ内に存ずる構成要素ではあるが機能的にも構造的にも分離されていることを考慮すると、燃焼排ガス流路中における温度の調査箇所としてボイラの上、下流領域のみならずボイラ内部も含めて考えることが自然であり、排熱回収ボイラに反応器を内蔵する構成は当業者において予測困難性はなかつたものとするのが相当である。
原告は、排熱回収ボイラ自体より大きい反応器を内蔵することは極めて不自然な発想であるから、排熱回収ボイラに反応器を内蔵することは容易に思いつくものではない旨主張するが、本願発明はそのような大きさの関係の排熱回収ボイラに限定されるものではないし、また、かなり大きい反応器を排熱回収ボイラに内蔵するに当たつての構造的な解決策が発明の要旨となつているものでもない。したがつて、単に反応器を排熱回収ボイラに内蔵することの発想に何らの困難性はない。
なお、原告の摘示する引用例2の四七七頁(甲第五号証の三)に記載の一連の排煙脱硝装置の図は、この図における熱回収器が空気予熱器を示すものとすれば、反応器はボイラに内蔵されているといえるものである。
(二) 排熱回収ボイラ装置を構成する各要素のうち、蒸発器及び節炭器は機能的にも構造的にも分離されており、また、蒸発器が他の要素に比較して熱容量が大きいことは当業者であれば当然に知つている事柄である。一方、引用例2には排ガスの脱硝に用いられる触媒、還元剤及びその反応温度が記載され、また、引用例1にはこの種排熱回収ボイラ装置のある負荷におけるボイラ各部の温度分布についての記載があり、同記載は、ある特定負荷のときの排ガス温度ではあるが、この種ボイラにおける内部も含む入口側から出口側にかけての各部の温度変化状況に関する資料として、本願発明において充分参考資料となり得るものである。更に、接触還元型の反応器の脱硝効率は排ガス温度に大きく依存することは本願公報の記載(四欄一三ないし二二行)からも明らかなとおり周知のことであり、しかも引用例2には蒸発器出口の温度において使用可能な触媒が示されている。
以上によれば、反応器の最良の設置箇所は、設置可能な場所の温度を予定される夫々の負荷状態において調査することによつて容易に見出だすことができるはずであり、反応器の設置箇所として蒸発器と節炭器との間を選定することについても予測困難性がなかつたとするのが相当である。
なお、排熱回収ボイラ装置の負荷変化運転の場合、燃焼排ガスの温度が変化することは当業者に知られていた事柄であり、種々の負荷状態における排熱回収ボイラ装置各部の温度調査は出願当時も技術的に可能であり、ボイラ各部の構造、熱容量などは互いに異なつているのが普通であるところから、当業者であれば通常運転に比べて負荷変化運転時のボイラ各部の温度変化の幅は場所によつて異なると考えるのが普通であり、排熱回収ボイラ装置各部の温度調査は特定の負荷運転のときだけではなく実際の運転状況に基づいた種々の負荷状態で行われるべきであることは当然である。
(三) 発明の進歩性の有無を判断する場合、発明の課題、構成、効果のそれぞれについての予測困難性の存否を検討することによりその判断を行うのが一般であるから、本願発明の進歩性の判断に当たつても、本願発明の課題が公知であつたか否かではなく、課題の予測困難性の有無によつて判断すべきである。
本願発明の課題の前提となる触媒反応器を用いて排熱回収ボイラの排ガスを脱硝する発想が当業者において予測困難性がなかつたことは、前記のとおりである。
原告主張によれば、本願発明の課題は、ガスタービン装置とその燃焼排ガスを唯一の熱源とする排熱回収ボイラとからなるコンバインドサイクルプラントにおいて反応器を用いて排ガスの脱硝を行うに当たり、ガスタービン装置の広い負荷運転範囲において、いかにすれば高い脱硝性能を維持し得るか、更には反応器触媒の長寿命化を達成し得るか、また、いかにすれば排熱回収ボイラの本来の機能(応答性のよい蒸気発生)を損なわないようにし得るかというものであるところ、排熱回収ボイラ装置において、反応器を用いて排ガスの脱硝を行う場合、ガスタービン装置の広い負荷運転範囲において、いかにすれば高い脱硝性能を維持し得るか、更には反応器触媒の長寿命化を達成し得るかというようなことは、反応器にはその種類によつて反応温度範囲があることが周知であつたこと(甲第四号証の一ないし三参照)、及び、触媒に使用温度範囲があることは当業者の技術常識であることからして、当然考慮すべき事項であるから、当該課題は当業者において予測困難性がなかつたものとするのが相当である。
なお、いかにすれば排熱回収ボイラの本来の機能(応答性のよい蒸気発生)を損なわないようにし得るかという課題については、本願発明のどのような構成によつて達成されているのかが明確ではない。
4 顕著な作用効果の看過について
本願発明における排熱回収ボイラ装置の温度分布は、ガスタービン装置から排出される燃焼排ガス温度とか、過熱器、蒸発器及び節炭器の寸法及び間隔等によつて種々のものが設定され得ることは自明であり、また、燃焼排ガス中の窒素酸化物を接触還元分解により除去する脱硝装置も種々の温度範囲を有するものがあることが周知であるから、原告が本願発明の効果として主張する(イ)ないし(ハ)の効果は、特定の温度分布等に基づく本願発明の一実施例の効果として主張し得ても、本願発明の顕著な効果とすることはできない。そして、右(イ)ないし(ハ)の効果は、反応器を反応効率と触媒の寿命を考慮して最適な設置箇所を選定することで当然に期待されるものである。また、(ニ)及び(ホ)の効果は、反応器の設置箇所が熱容量の大きい蒸発器の出口部分であることから当然予測されるものであるから、本願発明のようなガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを唯一の熱源として導くボイラでなくても、排煙脱硝装置を内蔵したボイラなら一般に期待される効果であり、付加的な効果となり得ても、本願発明の顕著な効果とすることはできない。
なお、排熱回収ボイラの節炭器と蒸発器の間の領域は負荷変化に対して排ガス温度変化幅が狭いという特性は、当然なされる各負荷における各部の温度調査で直ちに分かることであり、同特性が採用を予定している触媒の使用温度範囲に入つているならその触媒にとつて好都合であることは自明のことであるから、原告の主張する本願発明の効果は、その位置に反応器を設置した場合に当然に期待される効果であつて、効果に予測困難性があるとは認められない。また、蒸発器の下流側排ガス流の直角な方向の温度分布が均一であるから脱硝性能のばらつきがないという効果は、本願出願当初の明細書及び図面には記載も示唆もされていないこと、他の部分と比較したデータに基づいているわけでもないことなどを考慮すると、本願発明の主要な効果といえるような格別なものではなく、仮にそのような効果があつたとしても付随的な効果にすぎない。
第四 証拠関係
本件記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求の原因一ないし三(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨、審決の理由の要点)については、当事者間に争いがない。
二 本願発明の概要
いずれも成立に争いのない甲第二号証(本願発明の公告公報)及び同第一六号証(昭和六〇年一一月二二日付手続補正書)(以下、右手続補正書に基づいて補正した本願発明の公告公報を「本願公報」という。)によれば、本願発明の利用分野、背景、目的及び作用効果として、次の事実が認められる。
1 本願発明は、コンバインドサイクルプラントにおいて、ガスタービン装置の燃焼排ガスを熱源として他の蒸気原動機の駆動蒸気を発生する排熱回収ボイラ装置に係り、特に、同装置中に触媒層を有する反応器を設けることにより燃焼排ガス中の窒素酸化物を接触還元分解させてその濃度を低減させる排熱回収ボイラ装置に関するものである。
2 従来公知のコンバインドサイクルプラントは、ガスタービン装置と、その燃焼排ガスを熱源として蒸気を発生する排熱回収ボイラ装置と、該ボイラ装置で発生した蒸気により駆動される蒸気タービン装置と、各タービン装置に直結された発電機とから構成されている。この内、排熱回収ボイラ装置はガスタービン装置の下流に設けられ、燃焼排ガス流の上流側から下流側に向つて順次過熱器、蒸発器、節炭器を備え、節炭器の下流側には煙突が設けられている。
これらの構成からなるコンバインドサイクルプラントにおいて、ガスタービン装置から排出される燃焼排ガスに含まれる窒素酸化物濃度の低減策としては、従来、同装置の燃焼器内に水或いは蒸気を注入することによつて窒素酸化物を下げる方法が採られていたが、各種の欠点のあるこの方法に代えて一般のボイラにおいて行なわれているように、燃焼排ガス流路中に触媒により窒素酸化物を無害の窒素分と水蒸気に還元分解する脱硝装置を設置することが考えられる。ところが、コンバインドプラントとして用いられる排熱回収ボイラ装置、つまりガスタービン装置の燃焼排ガスを熱源とする排熱回収ボイラ装置にあつては、発電プラント用の一般ボイラと異なり特殊な運用をされるので、従来の一般のボイラにおける脱硝装置とは異なつた観点から検討を加えなければならない。すなわち、右脱硝方法において、第3図(別紙図面一第3図)に示すように、脱硝効率は触媒層反応温度即ち反応器の触媒層を通過する燃焼排ガス温度に大きく依存することが知られている。つまり、第3図から明らかなように、脱硝効率は反応温度が二〇〇℃から三〇〇℃に上昇するに従つて急激に向上し、三三〇℃以上においてはほぼ九〇%と最高の脱硝効率に近づき、四〇〇℃近くまでこの状態を保つ。そして四五〇℃を過ぎたあたりから脱硝効率は再び低下する傾向となる。また、触媒による脱硝装置では、触媒層を通る排ガスの流速が遅い程脱硝性能は良くなる。一般ボイラでは、燃焼手段を有するため、投入燃料量の調整等によりある程度の排ガス温度の調節が可能であり、脱硝触媒の反応温度が最適になる位置を選ぶことは比較的容易であり、特開昭五〇-八七七二号公報では過熱器の下流に置くことを提案しているが、コンバインドブラント用の排熱回収ボイラ装置では、一般に燃焼手段を持たないため、単にある負荷運転におけるボイラ各部のガス温度を測定し、触媒の反応に最も適したところを触媒の設置個所に選ぶだけでは、問題は解決しない。その理由は、コンバィンドブラントの常用運転負荷範囲が五〇ないし一〇〇%と広いうえに起動停止が頻繁であるため排ガス温度が大幅に変動すること、及び、低負荷であつても排ガス量が多いことから単に一〇〇%負荷運転時のボイラ各部の排ガス温度から触媒の設置位置を定めることはできないことにある。また、排ガスの温度の変動による脱硝装置の機能保持の問題もある。
3 本願発明は、右のように排ガスの温度が大幅に変動するガスタービン装置の広い運転範囲において、高い脱硝機能を維持し、且つ長寿命の脱硝装置を備えた排熱回収ボイラ装置を提供することを課題としてその特許請求の範囲の記載に係る構成特に反応器を蒸発器の下流に設ける構成を採択したもので、これにより燃焼ガスからの窒素酸化物の除去に際して高い脱硝効率を有し、しかも長寿命の脱硝装置を備えた排熱回収ボイラ装置の実現が可能となつたほか、付加的な効果としては、コンバインドサイクルプラントとして、頻繁な起動停止を行つても安定した脱硝性能を有し、且つ脱硝装置の起動特性の優れた排熱回収ボイラ装置が実現可能となつた。(実施例により裏付けられた効果の顕著性については後記4において述べる。)
三 取消事由に対する判断
1 一致点の認定について
(一) 引用例2の記載内容に関する審決の認定については、当事者間に争いはない。
(二) 審決が、本願発明と引用例2に記載された事項との共通の技術思想として認定する「ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものである」の意味するところは、文字どおり触媒を使用することによつてボイラの排ガス中の窒素酸化物を除去することを意味するに過ぎず、ボイラに対して触媒反応器をいかなる位置に設置するかの点についてまで問題としているものではない。このことは審決が本願発明と引用例2記載の発明との相違点三において反応器のボイラへの設置位置を相違点として挙げている点からみて理解されるところである、しかして、審決は、本願発明における「排熱回収ボイラ」と引用例2に記載されている「ボイラ」を対比して一致点を摘出したものと解されるところ、当業者間において「ボイラ」なる用語は、「燃料の燃焼熱を水に伝えて蒸気を発生する装置」(成立に争いのない乙第五号証の一ないし三(機械用語辞典・株式会社コロナ社昭和五一年九月一五日発行))だけでなく、「廃熱ボイラ」と称せられている他の装置から排出される廃ガスの持つている余熱を利用して蒸気を発生させる装置をも含め、広く蒸気発生装置の意味で用いられているものであることは、成立に争いのない乙第四号証の一及び二(国際特許分類・一九七四年第二版)により国際特許分類F22の蒸気発生の項中の蒸気を発生する装置をその加熱方式により分類した項(1/8ないし1/30)において、蒸気発生装置自身が燃焼部を有する形式と、他の燃焼廃ガスを利用する形式のもの(1/18)があることを明示していることが認められるところから明らかである。
(三) そうであれば引用例2記載のボイラを特に「それ自体の内部で燃焼が行われる型式のボイラ」であると限定すべき理由はなく、本願発明における排熱回収ボイラをも指称するものと認めることができる。そして、当事者間に争いのない本願発明の要旨及び引用例2の記載によれば両発明に共通する基本的な技術思想を「ボイラの排ガス中の窒素酸化物を触媒による接触還元により除去するものである」とした審決の認定は不当なものではなく、原告の主張は理由がない。
2 相違点一の認定及び同相違点に対する判断について
(一) 原告は、引用例2に記載のボイラは、それ自体の内部で燃焼が行われる型式のボイラであるにも拘らず、審決がこれを型式不特定と認定したことは誤りである旨主張する。
しかしながら、引用例2記載のボイラを特に「それ自体の内部で燃焼が行われる型式のボイラ」であると限定すべき理由はなく、広く「蒸気を発生する装置」のすべてを含むものと解すべきことは前認定のとおりであるから、審決が「引用例2に記載されたボイラの型式は特定されていない。」と認定した点に誤りはない。
(二) 引用例1の記載内容に関する審決の認定については、当事者間に争いはない。
そして、成立に争いのない甲第四号証の一ないし三(引用例2)によれば、引用例2には、脱硝装置の適用範囲について、「本装置は次のものに適用される。1)ボイラ、加熱炉など、種々の有害ガスやo2を含む燃焼排ガス。2)硝酸製造工場の排ガス。3)金属表面処理、硝酸塩製造の排ガス。」との記載があることが認められ、同記載によれば、引用例2記載の脱硝装置は、燃焼排ガスのみならず他の排ガスにも使用できるとしているとともに、燃焼排ガスについてもボイラ、加熱炉に限らず他の燃焼排ガスを発生する装置にも適用できることを示唆しているものと認められ、したがつて、ガスタービンから発生する燃焼排ガス及び排熱回収ボイラから排出される燃焼排ガス等についても引用例2記載の脱硝装置が適用できるであろうことは、当業者ならば引用例2の記載事項から自明な事項として認識できるものと解するのが相当である。したがつて、引用例2記載の反応器を付設するボイラとして引用例1記載の排熱回収ボイラに置き換えることは、当業者にとつて適宜なし得たことであると認めるのが相当である。
(三) よつて、この点に関する原告の主張も理由がない。
3 相違点三の認定及び同相違点に対する判断について
(一) 引用例2記載のボイラを特に「それ自体の内部で燃焼が行われる型式のボイラ」であると限定すべき理由はなく、排熱回収ボイラを含め広く「蒸気を発生する装置」のすべてを含むものと解すべきことは前認定のとおりであるから、原告主張のごとく、引用例2記載の脱硝装置(反応器)の設置位置をボイラ等の外部下流に限定して解すべき理由は存せず、これを設置位置が特定されていないとした審決の相違点三の認定に誤りはない。成立に争いのない甲第五号証の一ないし四(引用例2と同一文献の四七七頁)によれば、引用例2の四七七頁には「D型触媒を使用」の図として、加熱炉及びボイラの下流で且つ熱回収器及び煙突の上流の位置に脱硝反応器を設置したものが記載されていることが認められるが、同図は公害防止施設として脱硝反応器を設置する一事例を示したものに過ぎないと解すべきものであるから、同図を根拠に引用例2記載の脱硝装置(反応器)の設置位置をボイラ等の外部下流に限定して解すべきであるとすることはできない。
(二) そこで、右相違点三の構成を採用することの容易想到性について検討する。
(1) 審決は、引用例1に記載の排熱回収ボイラ装置は典型的とみられる一つの温度分布を有するものであり、引用例2に記載の接触還元型式(D型)の排煙脱硝装置の触媒(NH8)の反応温度(二五〇ないし三五〇℃)と引用例1記載の排熱回収ボイラ装置の蒸発器出口温度(節炭器入口温度)(二七二℃)とが一致するから、反応器を節炭器と蒸発器との間に設置することは当事者に容易になし得る旨認定したものと解されるとしている。
しかしながら、本願発明の概要についての前記二の認定によれば、コンバインドブラント用の排熱回収ボイラ装置では、常用運転負荷範囲が五〇ないし一〇〇%と広いうえに起動停止が頻繁であるため排ガス温度が大幅に変動し、また、低負荷であつても排ガス量が多いことから、単に一〇〇%負荷運転時のボイラ各部の排ガス温度を測定して触媒の反応に最も適したところを触媒の設置位置と定めるだけでは問題は解決しない。また、前掲甲第四号証の一ないし三によれば、引用例2には排煙脱硝装置の使用還元剤として数種の還元剤が記載されているところ、その使用還元剤の種類及び反応型式によつて反応温度がそれぞれ異なるものであることが認められる。したがつて、コンバインドブラント用の排熱回収ボイラ装置への反応器の設置に当たつては、一般のボイラ装置にはない特有の運転特性を踏まえ、通常の使用において排ガス温度が大幅に変動すること、及び、低負荷であつても排ガス量が多いことを充分に考慮にいれてその設置位置を決定する必要があるとともに、その最適位置に設置される反応器の触媒の選択に関しても、触媒の反応型式、使用還元剤の種類及び反応温度等を考慮して決定されなければならないことは明らかである。本願の発明者は、従来の一般のボイラにおける脱硝装置とは異なつた観点から検討を加え、ガスタービン装置の広い運転範囲において、高い脱硝機能を維持し、且つ長寿命の脱硝装置を備えた排熱回収ボイラ装置を提供することを目的として、同装置中の蒸発器の下流に反応器を設置することを想到したのである。
これに対し、引用例1には排熱回収ボイラ装置の過熱器入口、過熱器出口(蒸発器入口)、蒸発器出口(節炭器入口)及び節炭器出口における燃焼排ガスの温度分布が記載されていることは前記のとおり当事者間に争いのないところであるが、成立に争いのない甲第三号証(引用例1)によれば、同引用例記載の右温度分布は排熱回収ボイラ装置の特定の負荷時における典型的な温度分布を示したものに過ぎず、前記の排熱回収ボイラ装置に特有な運転特性に基づく温度変動の特徴については明示も示唆もされていないことが認められ、また、引用例2には、ボイラ装置に燃焼排ガス中の窒素酸化物を接触還元分解により除去する触媒層を有する反応器を設置することについては示唆されているが、反応器の設置位置については特定されていないことについては前記(一)認定のとおりであり、更に、前掲甲第四号証の一ないし三及び同第五号証の一ないし四によるも、引用例2には、前記D型の接触還元型式の排煙脱硝装置の触媒NH9を排熱回収ボイラ装置に適用することが同引用例に記載されている他の触媒に比べて特に良いとの記載はないことが認められる。
また、前掲甲第三号証、同第四号証の一ないし三及び同第五号証の一ないし四によるも、引用例1及び2には、本願発明の技術的課題(目的)である「ガスタービン装置の広い運転範囲において、高い脱硝機能を維持し、且つ長寿命の脱硝装置を備えた排熱回収ボイラ装置を提供すること」についての明示の記載も示唆もないことが認められる。
以上によれば、単に反応温度と蒸発口出口温度を対比した審決の前記理由をもつてしては、本願発明の型式の反応器を節炭器と蒸発器との間に設置することが当業者の容易に想到し得る事項であると認めることはできない。
(3) 被告は、排煙脱硝装置(反応器)をボイラ装置に内蔵することは本願出願前の当該技術分野における技術水準であるから、排熱回収ボイラに反応器を内蔵することは当業者が普通に想到し得たことである旨主張する。
いずれも成立に争いのない乙第一号証(特開昭五〇-六五九〇号公報)及び同第三号証(特開昭五〇-六四一六一号公報)によれば、これら乙号各証には燃焼手段を有するボイラ装置の節炭器(エコノマイザ)と空気加熱器(熱交換器)との間に反応器(反応塔)を設置したものが開示されていることが認められ、また、成立に争いのない乙第二号証(特開昭五〇-八七七二号公報)によれば、同号証には燃焼手段を有するボイラ装置の過熱器(スーパーヒータ)と節炭器との間に反応器(反応装置)を設置したものが開示されていることが認められ、燃焼手段を有する一般のボイラ装置内に反応器を内蔵設置することが当該技術分野における技術水準であることが認められる。しかしながら、本願発明はガスタービン装置から排出される燃焼排ガスを熱源として導く排熱回収ボイラ装置に関するものであるところ、該排熱回収ボイラ装置は燃焼手段を有する一般のボイラ装置に比べて特有な運転特性に基づく温度変動の特徴を有するものであることは前認定のとおりであるから、燃焼手段を有する一般のボイラ装置内に反応器を内蔵設置することが当該技術分野における技術水準であるとしても、該排熱回収ボイラ装置に右一般のボイラ装置に関する技術水準の技術をそのまま適用できるものではなく、右一般のボイラ装置に関する技術水準を踏まえても、排熱回収ボイラ装置の特定位置(蒸発器と節炭器との間)に反応器を設置するという本願発明の構成を当業者が引用例1及び2に記載された事項から容易に想到し得ると解することはできない。
(4) 被告は、反応器の最良の設置箇所は、設置可能な場所の温度を予定される夫々の負荷状態において調査することで容易に見出せるから、本願発明における反応器の設置位置の選定に予測困難性はなかつた旨主張する。
しかしながら、前認定によれば、本願発明は、一般ボイラ装置に比べて特有な運転特性に基づく温度変動の特徴を有する排熱回収ボイラ装置について、ガスタービン装置の広い運転範囲において、高い脱硝機能を維持し、且つ長寿命の脱硝装置を設置するという技術課題に着目し、同課題に沿つて検討を加えた結果、蒸発器と節炭器との間に反応器を設置することを見出し、所期の効果を得たものであるのに対し、引用例1及び2には本願発明の技術課題については、明示の記載も示唆もない。そして、本件各証拠によるも、一般のボイラ装置及び排熱回収ボイラ装置において、反応器設置に当たつて様々な負荷状態におけるボイラ装置内各部の排ガス温度を測定調査することが当該技微分野における当業者の技術常識であると認めるべき証拠も見当たらないから、仮に様々な負荷状態における排熱回収ボイラ装置内各部の排ガス温度の測定調査自体は当業者において容易に実施できる事柄であるとしても、そのことのみによつては本願発明における反応器の設置位置を選定したことの予測困難性が否定されるものではないと解すべきである。
なお、被告は、反応器にはその種類によつて反応温度範囲があることが周知であつたこと、及び、触媒に使用温度範囲があることは当業者の技術常識であることからして、本願発明の課題は当然考慮すべき事項であるから、当該課題は当業者において予測困難性がなかつた旨主張する。しかしながら、前掲甲第二号証によれば、本願公報第7図(別紙図面第7図)には、ガスタービン装置負荷と排熱回収ボイラ装置各部の排ガス温度の関係を示す特性図が、同第8図(同図面第8図)には、排熱回収ボイラ装置の上部と下部の温度差を示す特性図がそれぞれ掲載され、これら特性図によれば、負荷変化運転を考慮に入れた排熱回収ボイラ装置各部の排ガスの温度分布は様々な特性を示すものであることが認められるところ、これら特性は種々の負荷状態における排熱回収ボイラ装置各部の温度調査を行うことによつて初めて知り得る特性であると認めるのが相当であるうえ、反応器の最適な設置位置の選定は、右により知り得た特性に基づいて、適宜、触媒の反応型式、使用還元剤の種類及び反応温度等を考慮して決定すべき事項であつて、反応器の最適な設置位置が右温度調査の結果から一義的に定まり得るものとは必ずしもいえないものであると認められるから、反応器にはその種類によつて反応温度範囲があることが周知であつたこと、及び、触媒に使用温度範囲があることは当業者の技術常識であることを理由に本願発明の課題の予測困難性を否定することはできない。
(5) 以上によれば、相違点三に関する審決の判断は肯首することができず、審決は本願発明の相違点三の容易想到性についての判断を誤つたものであるということができる。
4 作用効果の顕著性について
前記二に認定したところによれば、本願発明は、燃焼ガスからの窒素酸化物の除去に際して高い脱硝効率を有し、しかも長寿命の脱硝装置を備えた排熱回収ボイラ装置の実現が可能となつたほか、付加的な効果としては、コンバインドサイクルプラントとして、頻繁な起動停止を行つても安定した脱硝性能を有し、且つ脱硝装置の起動特性の優れた排熱回収ボイラ装置が実現可能となつたとの効果を奏するものである。更に、前掲甲第二号証によれば、本願公報には、本願発明の実施例に関する作用効果として、「本発明は、蒸発器22と節炭器23の間に反応器31を配置してあるので、一〇〇%負荷時にも排ガス温度は三三〇℃程度であり、五〇%負荷時で二九〇℃となつており、いずれの場合においても約三〇〇℃近辺のきわめてせまい温度範囲にあるため、安定した脱硝率が得られる。更に、最大負荷時の排ガス温度が三三〇℃と低いため、触媒の高温劣化が低減され、長寿命となる。また、五〇%負荷運転時でも硫安の液相温度よりも十分高いので、反応器31に硫安が堆積することがない。更に、排熱回収ボイラは、ほぼ水平方向に排ガスが流れるように設計されるため、排ガス流路上部と下部では温度差が生じやすいものであるが、蒸発器22の下流側では、その差が著しく小さくなる。第8図(別紙図面第8図)は、ベース負荷運転における各構成要素の上部と下部の温度分布を示しており、過熱器と蒸発器の間では、約三〇℃の差が生じている。蒸発器内では、内部流体温度が一定のため蒸発器出口では高さ方向で排ガス温度差がほとんどなく、排ガス通路の下部上部ともに同一温度となり、脱硝性能のばらつきがないことを示している。また、コンバインドサイクルプラントは、毎日起動停止を繰返す運転モードで運転されるが、蒸発器は排熱回収ボイラ装置内で最大の熱容量を持つており、深夜停止して翌朝起動する場合、ガスターピン装置の排ガスが蒸発器を通るときに加温されることになり起動時の反応器の温度の立上りが早くなる利点もある。」との記載(九欄四行ないし一〇欄一行)の存在することが認められるところ、前認定のように、引用例1及び2に記載された事項から反応器を排熱回収ボイラ装置内の特定の位置に設置することが示唆されるものでないことに照らせば、右各作用効果は、単なる本願発明の実施例の場合に限つて生ずる効果に止まるものと解すべきではなく、排熱回収ボイラ装置において反応器を蒸発器と節炭器との間に配置するという本願発明の構成を採用したことによつて奏せられる作用効果であり(現に、前掲甲第二号証によれば、排熱回収ボイラ装置において反応器を過熱器の上流に設けると最大負荷運転中に触媒の焼損事故を起こし、過熱器と蒸発器の間に設けると最大負荷運転時には耐熱性の高い触媒が必要となるが、かかる触媒は低温での活性が悪く低い負荷運転時では脱硝率が低下するものであることが認められる。)且つ、一般ボイラ装置に比べて特有な運転特性に基づく温度変動の特徴を有する排熱回収ボイラ装置について、ガスタービン装置の広い運転範囲において、高い脱硝機能を維持し、且つ長寿命の脱硝装置を設置するという本願発明の技術課題を踏まえたうえでの作用効果であることは、右記載自体から明らかである。加えて、引用例1及び2は本願発明の技術課題をなんら開示するものでないこと、及び、同技術課題の予測困難性を否定することができないことは前認定のとおりであるから、本願発明の技術課題を踏まえた本願発明の右作用効果が両引用例に記載された事項から予測できないものであることは明白である。
よつて、本願発明は、引用例1及び2並びに周知事項において当業者が期待する効果の総和を格別越えるものとは認められないとすることはできず、この点に関する審決の認定も誤つたものであると解さざるを得ない。
5 以上によれば、審決には、排熱回収ボイラの負荷変化運転に何らの考慮も払わずに、反応器の設置位置を排熱回収ボイラの蒸発器と節炭器の間の領域に選定したという本願発明の構成上の特徴点が引用例1及び2から容易に導き得たとする誤つた判断をなし、更に、両引用例及び周知事項から予測し得ない右構成上の特徴点に基づく本願発明の顕著な効果を看過した結果、本願発明の進歩性を否定した誤りがあるから、違法なものとしてその取消しを免れない。
四 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 松野嘉貞 裁判官 舟橋定之 裁判官 杉本正樹)
別紙
<省略>
<省略>